「怒り」は「キズ」よりも深い闇

そもそもは沖縄の店へ訪ねてくれた人だった。その時は、19歳か20歳で、まだ学生というか大学を20代前半の青年。見た目もよく、まじめで、落ち着いている。前にアンクで会ったときには、彼は浪人生だった。店にピアノがあるのを知って来てくれたらしい。

「弾いて」とぼくが言ったら、一緒に来た人たちも「聴きたい」と言われて、すぐに弾いてくれた。ドビッシーだったかな。とてもきれいな音で透明な音楽性が印象に残った。

聞けばピアノが好きで、音楽学校へ進むつもりで勉強していたという。でも、先生に「男の子は音楽を仕事にしないほうがいい。家族を養わないとだから」ということで断念したという。そこで、演劇を目指して東京の大学を志したりしたらしいが、いろいろ思うところがあり文系の大学へ行くために勉強しているという話だった。

「じゃ、大学に入ったら、また、ピアノを始めるといいよ。いい先生を紹介する」

そんな話をしてから何年か会うことはなかった。彼のことを知っている人から、大学は受からなかった話や、仕事をしながらボランティア活動をしたりしているという話を聞いていた。直に話してみたいなと思っていた。

何年ぶりかの東京の友人と話していた。彼の話ももりだくさんだったけれど、彼の友人の話を聞いてほしいということで、別の日に会うことになった。その人の話も、もりだくさんだったけれど、希望がおてる話だった。その沖縄の人と、また、話をすることになったんだけれど、そのとき、このピアノくんが登場したのだった。

もう、びっくりした。大好きな恋人にでも会ったような気持ちになった。会いたいと思っていると、どこのだれかわからない人にも会えるものだと思った。彼は、あのときと何も変わらない風であった。それを機会に、いろいろな話をするようになった。ぼくは、第一印象で思ったことを言った。

「大学へ行かなかったなら、ピアノをやったら?学校へ行くなら、先生も照会するよ」

彼の返事ははっきりしない。はっきりしないというか、風に任せて船が、あっちへ行ったり、こっちへ来たりみたいな感じでなかなか的を得ない。その後、食事会へ誘ったら来てくれた。その時に紹介しようと思っていた先生に紹介したり。周りの大人たち(ま、おせっかいなヲカマ?あ、おばさんかな)にも、「若いときに思ったとおりにしたほうがいいよ」「将来のこととか心配することないよ。今だけだよ」という話を聞いたりしていた。本人もそれなりに返事をしているように見えたので、少し気持ちが変わったかなと思った。

しかし数日後、ばったり会ったときには、元の姿に戻っているように思えた。少し背中を押すつもりもあって「あの時の先生に連絡してみれば?」と言った。

「みなさん、迷惑だったでしょうね。」

え、なんで?みんな楽しそうだったでしょ。つまらなかった?

「いや、楽しかったですよ。でも、ぼくなんかが行って、気を遣わせてしまったんじゃないかなと思って。申し訳ないなって思って」

は?なにを言ってるんだろうか。迷惑だったのは、この若者のほうだということを言いたいのか?いいようにおばさんたちにいじられて不快だったというならば、わかる。でも、そういうキャラじゃないんだよな。話していると、どうやら本気でそう思っているのがわかった。

ぼくは、しばらく、彼のことは放っておく、というか、いじらないことにした。彼自身が、天岩戸から出てこないことには、なにも始まらないと思ったから。

最近、彼のことが少しわかってきた。彼は少年時代の(今も、少年のままみたいなところがある)の小さな挫折で、「キズ」があるんだと思っていたんだけれど「キズ」ではなくて「怒り」があって、関わりのあった人たちを赦せないでいるのだと思う。

「怒り」は「キズ」よりも深い。「怒り」は、相手を赦せば消えるが、実は、なかなか赦せるものじゃない。まだ若いのに、すごく恵まれているものをもらって生まれてきているのに、そういう人の大事な20代の時間をとりあげてしまうくらい「怒り」は恐ろしい。早く、怒りが癒やされて、赦して、自分自身をとりもどして生まれてきたときに決めてきたことをやってほしいなと思う。