ヒーラーくんと語る

東京時代の知人で、ここ数ヶ月、ちょこちょことやりとりをしている人がいる。彼と初めて話してから20年くらいたっているという。何年も話をしていないこともあるし、ネットを通してやりとりが多かったり、会って話したりということが続くことがあった。ここ数ヶ月は、東京と沖縄の距離をこえてリアル対談4回。ネットでのやりとりも頻繁にある。那覇のあるカフェで、話をしたときに思ったことがあるのでメモをしておこう。

彼の職業は医療系の仕事で、彼自身はその仕事にヒーリーングの付加価値を築きたいと務めている。彼なりに情報収集をし、実践をしながら試行錯誤の最中でもあるけれど、いろいろと思うことがたまると、ぼくと話しているという。話したりことは、そのまま書けないし、実は詳細に覚えていないのかもしれないけれど、一晩たったときに印象に残っていることをメモした。


自然からキャッチした生情報をそのまま保存する。
自分の持ってるキャビネットに無理やりラベルをつけて分類しない。
手技はアウトプットにすぎない。アウトプットをなぞってはいけない。
結果、アウトプットが同じということはありうる。
アウトプットだけをなぞってはいけない。
キャッチした情報をインプットして自分自身のブラックボックスを通して濃いアウトプットをする。
ブラックボックスをホワイトボックスにしようとしてはいけない。それは、アウトプットをなぞることになる。

生の情報をキャッチできる一瞬、一瞬をしっかりと過ごす。インプットがたまり、自分自身のスケールが大きくなっていくことを待つ。
意識的に、特別なメソッドでその時間を縮めることはできない。
自然に縮まることが起こることはある。待つことが大切。

目の前の対象は、ひとつひとつ違う。
その違いを感じられることのありがたみを忘れて、自分のキャビネットの引き出しにあるものを無理やり着せてはいけない。
ひとつひとつがオーダーメイド。オリジナル・デザインが必要なのだと思う。


別れぎわに、いつも「話せてよかった。こんなことはたいへいさんとしか話せない」と言う。そのとき、ぼくはぼくで「話せてよかった。お務めをさせていただけたし、たくさんの気づきをいただけた。」と感謝している。この気づきはキャッチできた生の情報。今、ぼくの身体というブラックボックスにインプットされて、なにかのアウトプットへ向けて醸成されていることを実感する感謝のひとときだった。